2009年5月9日
伊沢選手、ついに冥球界入り!

2009年5月9日、マッサンこと伊沢雅史選手が、
紅白戦で通算100本目となる安打を放ち、
AMIGOSの殿堂、冥球界入りを決めました。

伊沢選手、100安打達成

冥球界とは・・・

にこたまAMIGOSに所属する選手たちの殿堂。
打者として通算100安打、もしくは投手として
通算30勝をあげれば加入が許される。

2003年に1億3000万円で最高年棒選手となり、
2005年にはチーム史上初の5億円プレーヤーに登りつめた伊沢選手。
以来、2009年に酒泉選手が最高年棒選手となるまでの
6年間に渡って最高年棒選手のポジションを堅持してきました。

ここで、伊沢選手のにこたまAMIGOSにおける活躍を
振り返りってみましょう。

伊沢選手が初めてAMIGOSに参加したのは
AMIGOS史上2試合目の1999年6月26日、
途中出場でサードとショートを守り、2打数ノーヒット。
今のメンバーにとっては信じられないかもしれませんが、
伊沢選手最初のシーズンは、たった6打数で1安打、
打率は.167という寂しい成績だったのです。

参加のきっかけは、AMIGOS創設メンバーである山口選手と
冥球界選手第1号である菰田選手からの誘いでした。
彼らは大学時代の同窓生で、伊沢選手がAMIGOSに入部する
7年も前から、彼らはすでに友人関係にあったわけです 。
AMIGOSは何もないところから生まれたわけではなく、
草創期を考えると、こうした強い人間関係が基盤として存在していたのです。

さて、殿堂入りするほどの華々しい活躍をしてきた伊沢選手ですが、
実は入部からの数年間は、比較的地味な成績が続いていました。
規定打席を大きく割り込んでいた初年度は別としても、
2000年以降、打撃成績では00年が5位、01年は6位、
投手としても初年度は登板無し、00年1勝、01年1勝、02年も1勝。
しかし、当時の伊沢選手はこうした数字では図れない
非常に重要な役割を果たしてくれていた、ということは
誰しも忘れるべきではないでしょう。

伊沢選手の言葉を借りれば、彼は「チームの保険」でした。
投手も捕手も内外野も、どこでもやれる伊沢選手は、
選手層の薄かった草創期のAMIGOSにとって、
まさに「保険」であったことは間違いありません。
伊沢選手がいなければ、試合そのものが出来なかった。
それが草創期のAMIGOSのチーム事情だったともいえるでしょう。

初タイトルは02年シーズン、首位打者に輝きました。
しかし伊沢選手が記録と記憶の両方で強烈なインパクトを
我々に与えてくれたのは、2003年のシーズンでした。

伊沢選手は、全21試合のうち、なんと15試合に登板。
シーズン7勝という驚異的な成績を残したのでした。
この時の伊沢選手について、偶然にも先日、中島選手が語っていました。
中島選手が入部した当時、毎試合、毎試合、
投げて投げて投げまくる、伊沢選手のあの体力は凄かったと。
確かに、凄かったとしか言いようがありませんよね。

台所事情の苦しかったAMIGOSのチーム事情で、
もともと内野手であった伊沢選手は、嫌な顔一つせず
マウンドに立ち続け、2004年も4勝をあげ2年連続の最多勝。
最優秀選手に選ばれました。

その後の活躍は皆さん承知のとおりです。

投手成績を見れば、昨シーズン終了時点で、登板試合数74試合、
登板回数は288回2/3、20勝を上げています。
どれも2位以下を大きく引き離したダントツの成績です。

打撃成績で見ても、過去10シーズンで打率3割以上を5度(歴代1位タイ)、
通算本塁打数も10本(歴代2位)で、確実性と長打力ともに
申し分ないことは、数字を見ても明らかと言えるでしょう。

伊沢選手のチームへの貢献は、なにも試合の中だけのことでありません。
多くの若い選手が、伊沢選手に弟子入りし、成長してきました。
昔からAMIGOSにいた人間であれば、伊沢選手がいつも後藤選手に
キャッチボールを教えていた姿をきっと覚えていることでしょう。
後藤選手も今ではずいぶんと長距離の送球をすることが出来るようになっています。
また、左のエースとして大活躍している酒泉選手も、
マウンドさばきについて、色々と指導を受け成長してきた選手の一人といえましょう。
野球だけでなく、チームに入ったばかりの新メンバーが、伊沢選手から
色々と声をかけてもらううちにチームに馴染んでいき、そして今、
伊沢選手に育てられた選手たちがAMIGOSの中核として活躍しているのです。

伊沢選手には、もちろん選手として更なる活躍を期待したいと思いますが、
後進の育成にもますます力を尽くしてもらえたらと願うばかりです。

以下に、国内、海外の著名人たちからの
祝福のコメントを、一部抜粋して掲載します。

伊沢選手、彼はすごいねぇ。
これからも順風まんぽの活躍を
続けていってもらいたいねぇ。
みぞゆうの経済危機で国んなかが
暗い雰囲気だからねぇ。
こういうニュースは嬉しいんじゃないの?
伊沢選手、おめでごうございます。
心よりお祝い申し上げます。

いつ記録が達成されるかと
ハラハラする毎日だったことでしょう。
私たちも、解散はいつか、ということで
頭がいっぱいです。

Congratulations, Massan!
I say to them tonight,
There is not a young Amigo and an old Amigo,
there is the Nikotama AMIGOS.
There is not a Hage Amigo and a Shiraga Amigo
and a Hetare Amigo and a Debu Amigo,
there’s the Nikotama Amigos.
Yes we can.
Thank you!

100安打したらサンデージャポンって
叫んでくれる約束だったじゃん。

今からでも良いのでお願いします。
せーの、サンデージャポン!

伊沢選手。
彼はまさにサムライ。
心からおめでとうと言いたいですね。

日本野球の、いや、東京野球の、
いや、二子玉川野球の真髄というものを、
見せ付けるような、そんな形の活躍を、
今後とも期待できれば、と思いますね。

表彰なんてされたってねぇ。
全然嬉しくなんてないでしょ? .

俺は絶対にバンザーイ!なんてやらないよ。

私、伊沢選手はてっきりテニスの選手かと
思っていたんですが、野球選手だったんですね。

テニスプレイヤーとしての伊沢選手も
あれだけの実力者なわけですからね。
まさか野球までやってて、しかも殿堂入りとは
もう言葉もありませんよ。

人生まさに七転び八起きね。
まっさんの活躍を目にすると、
勇気が沸いてくるわ。

これからも頑張ってね!

おめでとうございます。
一言だけでもお祝いの言葉を
届けたかったので、この場を借りて
言わせてもらいました。

え?私が誰かって?
名乗るほどの者ではありませんが、
かつての盗塁王とだけ言っておきましょう。