回顧・インパルス戦 その7

  主力を欠いた2002年の対インパルス初戦
 2002年度の開幕戦を白星で飾った向井監督が、引き続きこの年の対インパルス第一戦の指揮を執った。99年の初試合から一度の引き分けを挟んで、なんと9連敗。一度も勝利をしたことがないインパルス相手に、いつの間にか勝つことよりも善戦することで満足するような空気さえ漂い始めていた。まして、この日の試合は、いつもチームをプレイ面で支えてきた菰田はフランス赴任で不在、松本・斎藤の両名も欠席、エース大沢も翌日がテニスの大事な試合があるということで登板回避、ということで、到底ベストメンバーとは言えないチーム状態だった。

 しかし、向井監督はこのようなチーム状態を考慮しつつ、オーダーを決めた。先発投手は伊沢。確かに伊沢は昨年春のインパルス戦で4イニングスを無失点で切り抜ける好投を見せた通り、インパルスとの相性は良い。しかしインパルス打線はこれまでAMIGOSが対戦してきたチームの中でも突出したパワーがある。大丈夫か?伊沢!?

 プレイボールから間もなく、守備がもたつき、あっという間に1失点。いつも通り、足を絡めたインパルスのいやらしい攻撃で、簡単に点を取られた。しかし北川のファインプレイで浮き足立つAMIGOSは救われ、1失点で凌ぎ切った。

 すると2回の裏、今度はAMIGOSが反撃に転じる。センターのエラーで北川が出塁すると、平出も四球で塁を埋め、鈴木秀がセカンドの内野安打で同点とする。そして今日先発のマウンドを任された伊沢が自ら勝利を手繰り寄せる2点タイムリーヒットをライト方向に放つ。AMIGOS得意の波状攻撃だ。更に、3回にも相手のミスに付け込んで鈴木秀が再び相手の野選を誘い1点追加。5回には鈴木秀が2安打目をライト方向に放ち、またまた1打点。AMIGOSは当たりは地味ながら確実に点を重ねる野球を展開し、徐々にインパルスを突き放す。

  2002年、AMIGOSの何かが変わった!
 主力を欠いたAMIGOSは、しかしどういうわけか調子が良かった。攻撃面だけではない。守りでもこれまでにない粘りを見せ、インパルスに初回以降点を与えなかった。マウンドの伊沢は打たせて取るピッチングで、野手はそれに応えた。スコアボードに0が並ぶ。先制点を取られ固くなっていた野手陣が徐々にリラックスしていった。だが、回が進むにつれ、そのリラックスムードも薄らいでいく。

 勝てる、かもしれない。皆の心にそういった想像が膨らんでいくにつれ、野手の声は小さくなっていき、守っている皆が自分の呼吸や心拍さえ気になるほどの緊張感に包まれていく。 ついに試合は最終回。 1対6で圧倒的優位な状態で最終回インパルスの攻撃を迎える。これを抑えれば、ようやく苦節3年夢見続けてきたインパルス戦初勝利を味わうことが出来るのだ。筆者はそのときセカンドの守備についていた。口の中がカラカラに渇いたのを覚えている。

 インパルスは円陣を組み、最終回の攻撃に賭けた。最終回さえ抑えれば勝てるという試合を、逆転で敗北した過去がAMIGOSにはある。逆にインパルスは最終回、粘りに粘って逆転勝利した記憶はあっても、負けた記憶は無い。こちらからすれば、相手はこの期に及んでもまだまだ勝てると信じているように見えた。いや、勝てる確信をもって最終回怒涛の攻撃を仕掛けて来そうな雰囲気だった。そして予感は半ば当たった。インパルスは疲れを見せた伊沢の球を徹底的に選んできた。この緊張感溢れる場面で疲れが極限に達している伊沢は四球を出す。塁に走者が出れば足で揺さぶり、こちらのエラーを誘う。更にヒットを放ち、2点を追加。

 しかしインパルスもここまでだった。最後はどのようにゲームが終わったのか記録も記憶も残っていない。記憶をなくすほど興奮し、真夜中まで大騒ぎしたことだけは覚えている。覚えていることといえば、祝勝会のカラオケでかぐやの松浦亜弥が意外と上手かったことと、何故か真夜中に富田家にまで興奮を伝えに行ったということくらいか。

 我々はついに勝利した。3対6。伊沢、堂々の完投勝利。伊沢の力投に応え、ボトムと呼ばれる者たちも力の限り戦い抜いた。そして若き勝利監督の体が宙を舞い、AMIGOSの歴史にまたひとつ、大きなドラマが書き加えられた。

  2002年、3戦無敗の金字塔
 ようやく初勝利を手にしたAMIGOSは、8月4日にこの年の対インパルス第二戦を迎えた。大沢・伊沢がともに不在で、先発は二神。その先発の二神は立ち上がりが相変わらず不安定でいきなり3失点。しかし一度勝利の味を知ったAMIGOSは、もはやこれまでのAMIGOSではなかった。その裏、さっそく2点を返すと、3回の裏、小西・田村の2者連続ホームランなどで一挙7点のビッグイニング。3対9と大きく突き放す。ところがインパルスも次のイニングに猛反撃でまたもや1点差に。しかしまたまたAMIGOSも点を取り返す。シーソーゲームは最後までもつれるが、終始リードを守りきったAMIGOSが、リリーフエースの斎藤でゲームを締める。なんと13対14という大味かつ僅差のゲーム。接戦をモノにして対インパルス戦2連勝を成し遂げる。

 しかしAMIGOSの勢いはこれで止まったわけではない。9月29日の対インパルス第三戦は、AMIGOS史上のベストバウトと言っていい好ゲームとなった。

 初回、先発のエース大沢は珍しく立ち上がりを攻め立てられ、いきなりの2失点、更に3回に1点、4回にも1点を失い、計4失点で降板。インパルス戦2連勝中だっただけに、このままの勢いでエースにも白星をプレゼントしたかったが、残念な結果になってしまった。インパルスは連敗脱出の切り札であろうか、AMIGOSが苦手とするサウスポー投手を投入してきた。慣れない左投手相手にAMIGOS打線も湿り勝ちで6回までは1イニングに4人しか打席に立てず、完璧に抑え込まれた。唯一のチャンスは5回、筆者が先頭打者としてレフトオーバーの2ベースを放ち、その後3塁に進むとビエンのライトへの犠牲フライでタッチアップを試みた。しかし強肩のインパルス右翼手の好返球に合い、遭えなくホームで憤死。AMIGOSは勢いに乗れば強いが、きっかけがないとズルズル行ってしまうのが弱点だ。

 しかし迎えた最終回。1死から筆者が四球で出塁すると、鈴木秀、小西にも連続四球であっという間に満塁。ビエンがセカンドに絶妙な内野安打を放つと試合は一気にAMIGOSペースとなる。考えてみればインパルスの先発投手は、試合展開の妙で交代のタイミングを失い、完投していたのだ。相当疲労が溜まっていたのかもしれない。ペースを崩しその後も四球を連発。結局AMIGOSは逆転は逃したものの、何とか最終回で4得点し試合を振り出しに戻した。

 延長戦に入り、こちらはリリーフエースの斎藤がマウンドに。しかしいきなり無死3塁のピンチを招く。AMIGOS野手陣はインパルスの強力打線相手に前進守備を取り、1点もやらない気迫で守る。斎藤の剛球がうなりを上げる。そして何とこのピンチを無失点で切り抜けたのだ。

 こうなると俄然AMIGOSペース。筆者は再び先頭打者でレフト前にヒットを放ち、鈴木秀が左飛に沈むも、山口が三遊間を抜くヒットで続く。ビエンが右飛に倒れ、2死2・3塁。バッターは富田。この日の富田は生まれて初めてスタメンでショートの守備に就き、興奮と緊張の連続だったが、あいにく守備機会がほとんどなく、バットも湿り勝ちだったので、ここでの気合は半端なものではなかった。果たして富田の放った打球は、大きな弧を描き、右中間に抜けていった。サヨナラ勝ち。歓喜に溢れたナインがベンチから飛び出し、富田に強烈な祝福を送る。

  そして伝統の一戦は続く・・・
 2003年、我々は対インパルス戦の初戦を飾れず、ついに連勝は途切れた。それもたった2イニングスで8失点の最悪な試合展開。それでも最後には10対8まで追い上げた。インパルス戦は楽しい。負けてもやっぱり楽しい。ボロ負けの展開であればどうしても勝利への執念が消えてしまいがちだが、インパルス戦ではそのようなことはない。最後まで勝利にこだわり、最後までゲームを楽しみぬけるのがインパルス戦の良いところだ。

 そしてまた今日、日が昇ればインパルスとの戦いが待っている。回顧・インパルス戦は今回を持って最終回とするが、AMIGOSある限り、インパルスとの戦いに終わりはない。