(編集部)
山地さん、こんにちは。
ずいぶん間が開きましたが、お元気でしたか?
(やまじん)
こんにちは。はい、元気でしたよ。
(編集部)
今年は新人さんが大勢入られましたね。
(やまじん)
そうなんですよ。今の時点で、今年は6人の加入がありました。最初の数年間は確かにどんどんメンバーが増えてましたけど、ある程度メンバーが増えてからは、ペースが緩くなってましたからね。今年は大豊作だったと言えるんじゃないでしょうかね。
(編集部)
新人さんも増えたということで、今回は、AMIGOSが創設された頃のメンバーを振り返ってみるというのはいかがでしょう?
(やまじん)
面白いですね。当時の貴重な写真が見つかったので、それをご紹介しながら話しましょうか。今から6年前、僕が25歳の頃なので、他のメンバーもかなり若いですよ(笑)。
(編集部)
それではお願いします。
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(編集部)
まず鈴木宏二選手ですね。寝そべってますが何をしてるんでしょうか?
(やまじん)
練習で疲れ果てて倒れてるというわけじゃありません(笑)。ダイビングキャッチ直後の雰囲気で写真を撮りたいというので、こういう写真になりました。
スズコウはこのときまだ24歳なんですよね。大学を出て、まだ2年しか経ってないんです。
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(編集部)
今年ご結婚の山口選手ですね。若いですね〜。
(やまじん)
確かに今に比べると、多少髪が多いような気がしますよね。あくまで気がする、というだけですが・・・。この頃はユニフォームもなくて、みんなこんな格好で練習してました。懐かしいですよ。
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(編集部)
つづいて佐々木選手ですか。もともとはAMIGOSの4番打者候補ということだったんですよね?
(やまじん)
はい。彼は大学の野球サークルで、いつも素晴らしい打撃センスを見せてくれましたからね。AMIGOSでは結局見れずじまいでしたが・・・。でも佐々木はこの後のAMIGOSに大きな足跡を残してます。前にも話しましたが、佐々木の誘いで入ったメンバーから、メンバーがネズミ講的に増えたんですよね。
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(編集部)
吉原選手ですね。まだ大学生でしたよね?
(やまじん)
僕が大学4年生のときに彼は1年生だったので、その頃はずいぶん後輩みたいに思ってました。この写真を撮った後、4月からは就職して、会津若松に転勤になりました。
つい最近、また転勤でこっちに戻ってきて、AMIGOSにも見事カムバックしてくれました。嬉しいもんですね。
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(編集部)
上原選手です。彼はサッカー派なんですよね?
(やまじん)
そうなんですけど、社会人になると体を動かすことがなくなるから、野球やろうよと半ば無理やりに誘いました。
今年、長男が生まれて彼も親父になりました。6年間の間に色々と変化があるもんですよね。
ヨシ(菰田選手)がイレーヌ※にユニフォームを取られたということで、任意引退したマー(上原選手)からユニフォームを譲ってもらったという後日談があります。
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(編集部)
いよいよエースの登場ですね。大沢選手です。
(やまじん)
全然変わってない・・・。怪しいTシャツ着てますね。
大沢君は、とにかく運動神経が良いので誰も守れないようなポジションでも彼なら出来るだろう、なんて話してた記憶があります。
この頃は、まだホームページに高校野球絡みの書き込みをするような挙動不審はなかったんですけどね。
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(編集部)
鈴木秀忠選手です。爽やかに映ってますね。
(やまじん)
物腰が柔らかくて、若々しい好青年って感じですね。まぁ今でもそんな感じのままですが。
初めての夏合宿で、ヨシ(菰田選手)が「君らの人生の指針は何か?」と訳の分からない質問をしたときは、ひどく冷たい対応をしたので、ちょっとビックリしましたけどね。
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(編集部)
松本選手。設立当初、唯一野球経験があるということで、みんな色々と教えてもらったんですよね?
(やまじん)
そうでした。かなりのメンバーが野球なんてやったことないという連中だったので、祥二(山口選手)ゴロをコロコロっと転がして、マツケン(松本選手)がそれを捕球して送球するという一連の動作を実演しながら事細かに教えてくれました。
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(編集部)
院生だった頃の富田選手ですね。この頃の写真は、何度見ても怪しい雰囲気ですね。
(やまじん)
最近はすっかり垢抜けた、なんて話もありましたが、この前のキャニオニング合宿における写真は、ますます怪しさに輪が掛かってて面白かったですよ。
この頃はまだ29歳になりたての頃ですよね。確かトミさんが30歳になったとき、みんなが三十路といって相当からかった覚えがありますが、AMIGOSの平均年齢も、来年には30代に突入するでしょうね。
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(編集部)
知らない方がほとんどでしょうけど、菊池選手ですね?
(やまじん)
はい。トミさん(富田選手)や大沢君、タメちゃん(田村選手)なんかと同じ研究室にいた菊池君です。彼はチームに加入して間もなく研究のために北海道にいったとか、今はハワイにいるとか・・・。
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(編集部)
二子玉川の大砲といえば、この人、田村選手です。
(やまじん)
構えが今とまったく変わらないですね(笑)。怪しい軌道で繰り出されるバットが、凄まじいパワーを発揮する意外性のバッターです。
ちょっと気になるのが、髪の毛ですね。今と比べると、このときの方がフサフサしてる気がしますね。気にしすぎかな・・・。
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(編集部)
会社の同僚だった鹿島選手です。
(やまじん)
こいつは変な男でしたね。高校野球経験者と言ってたんですが、フライがあがっても帰塁する素振りもなく、そのまま走り続けて、何故アウトになったのか分からない様子でした。
今のAMIGOSのメンバーがこの写真を見ても、知らない人がほとんどでしょうし、思い出もないでしょうけど、うちの会社の人がこの写真をみたら、すごく懐かしがるでしょうね。会社での怪しい行動については、ここでは関係ない話題なので止めておきます。
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(編集部)
最後に山地選手。
(やまじん)
はい。この頃は細かったですね。今より10Kgも細かったですからね。しかしまぁ、打ちそうにない構えですね(笑)。
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(編集部)
いや〜、ありがとうございました。よくもこれほど多くの写真が見つかったもんですね。これは貴重な資料ですよ。
(やまじん)
そうなんですよ。私もてっきり無くしたと思ってました。というより、無くしてました。以前パソコンが壊れたときに、ほとんどの写真は消えてしまいましたので。でも、99年の夏に、AMIGOSのスクリーンセーバーというものを作ってたんですよ。そんなこと忘れてましたけど。で、そのときのスクリーンセーバーに入っていた写真がこれらの写真なんです。
スクリーンセーバーには他にも何人かの選手が収録されてるんですが、今回ご紹介した選手は、僕らが初試合を迎える以前のメンバーに限定しました。
初試合後が本当のAMIGOSの歴史だという気もするんですが、そういう意味では、有史以前のAMIGOSというのがどんなだったかが分かる写真だと思ったんですよね。
(編集部)
なるほど。
本当に貴重な写真を見せていただき、有難うございました。また面白い話や貴重な資料があれば、ぜひ教えてください。取材に来ますんで。
(やまじん)
分かりました。またそのときはお話します。
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