先日同僚の家で久しぶりにファミスタをした。厳密に言えばワースタなのだが、まぁ言いやすいのでファミスタで通させてもらう。ファミスタは言うまでもなく、野球ゲームの最高峰で、非常に完成度が高く、操作がシンプルで且つ内容が深い。大抵の人が遊んだ経験を持ち、その点で対戦プレーも盛り上がる。
ファミスタが初めて世の中に登場したのは1986年、阪神タイガースが優勝した次の年だ。阪神ファンの私にはあの頃のバースがファミスタの象徴だが、チーム的にはレールウェイズが印象的だろう。
ファミスタが登場するまで、任天堂のベースボールで我慢していた。あの下手クソなコンピューターの自動守備に辟易していた野球ゲーム好きにはファミスタは革命的なゲームだったに違いない。
それもそのはずである。プレーステーションなんていうようなお化けハードウェアの時代になっても基本的な操作方法などは変化がないわけだから、当時にしては相当の完成度なのである。もちろんプレステ2の時代になってもファミスタの基本仕様が変わることはないと思われる。
そんなファミスタだが、多少の変遷はあった。その詳細な仕様変更はここでは取り上げないが、いくつか納得のいかなかったことだけは述べたいと思う。
まずはスーパーファミコン版の1作目が出たときの話。
これまでラッキー7はチャンスという設定があったが、何故かスーパーファミコン版では7回以降全てのイニングがチャンスという設定になった。これは最悪の変更だった。
というのは、緊迫感溢れる延長戦の攻防というものが極端に減ったからだ。もちろんこれは次回作から元に戻ったので良かったが、もしそのままでいってれば、絶対にファミスタの野球ゲームにおける地位は失墜していたに違いない。
私はかつて延長23回1対0という熱戦を演じた事がある。これはスーパーファミコン版3作目でのことだったが、もし1作目と同じ仕様のままであれば、起こり得なかった熱戦である。
ファミスタの設計者は間違ったバージョンアップは次回作で基本に立ち返る勇気を持っている事が素晴らしい。自分たちの考えで物作りをするのではなく、それをプレーする人の主張を聞き入れてくれるのだ。
次に挙げたいトピックとしては、やはりこれもスーパーファミコンでの作品だが、4作目でボールの高低という概念を取り入れた3Dのバッティング画面に変更されたこと。
この仕様変更自体が失敗だったかは別にして、ファミスタらしさがなくなったのが納得いかなかった。
3D画面に変更したのは、コナミの実況パワフルプロ野球の影響。ただし、あちらの完成度とは比較にならないほど稚拙で、ストライクゾーンが妙に広く、三振を取れないゲームになってしまっていた。更にプレステ版でもこの影響は続き、ついには変化球を投げるときの操作までパワフルプロ野球そっくりになった。(ただし、3D画面はこの時点でなくなったのは流石だが・・・)
ファミスタの素晴らしい点は操作が誰にでも分かることだ。だからその点でパワフルプロ野球にアドバンテージがあるのだ。逆に操作が難しくなったファミスタなど意味がない。
そんな変遷を経て、ついにプレステ版の3作目が登場した。
今度は完璧なまでにファミスタらしい仕様になっている。いや、戻っていると言う方が正しいか・・・・。とにかくほとんどの面で完成されつくしているファミスタだ。この作品に出会って久々にファミスタ熱が再燃した。
そんなプレステ版3作目だが、また妙な仕様変更があった。牽制球を投げる際、ボールを投げずにランダンプレーに入る事が出来ず、絶対に投げるしかない。あれでは、ファーストに投げている間にランナーはセカンドまで行ってしまうではないか。
私としては、この部分に不満があるのだが、願わくば対戦プレーの時、ピッチャーが牽制球を投げたら、ランナーは必ず帰塁するマナーを守ってもらいたい。そうすれば、盗塁というプレーにスリルが加わる。ゲームを楽しむにはただ勝つだけではなく、より面白くプレーする工夫が必要なわけだ。少なくとも私はそう信じている。
他にもランナー1・3塁のときの盗塁はなし、とか色々なマナーが存在する。これは絶対のルールでないにしろ、紳士協定というものだ。
さて、次回は実際のファミスタ理論を展開したい。
請うご期待。